渋谷La.mama

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08/ 15 SAT

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私たちの原点

暑い日が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

今回は私と渋谷La.mamaについて少しお話させていただければと思います。

2005年4月17日、たしか日曜日だったかと思います。
当時一緒にバンドを組んでいたボーカルに連れられて(方向音痴だから…)初めてLa.mamaに来ました。面接です。
その日の看板に寺岡呼人と書かれてあって、すげー!と思って急に緊張し始めたことも昨日のことのように思い出します。

1週間も経たないうちに当時店長を務めていた松岡さんから採用の電話をいただきました。
その時はタワーレコードの新宿店にいて、店内の音楽がうるさすぎて松岡さんが何を言っているのか全く聞き取れず…。
ただ、明日から宜しくね!と最後に言っていただいたことだけ聞き取ることができました。(明日から!?)

そして初出勤の2005年4月26日。
入社した日は5バンドの対バンイベントで、トップバッターで出演した9mm Parabellum Bulletのライブが衝撃的だったのを今でもよく覚えています。

入社して4日後の2005年4月30日。
この日は初めてサンボマスターのライブを拝見。
ただ200人以上のお客さんを相手に一人でドリンクカウンターを任され、テンパっていて何も覚えておりません。笑
まだ何も覚えていないにもかかわらず、先輩スタッフからは作るのがおせーと怒られる始末。よく耐えました。笑

一気にすっ飛ばしますが、今年で早15年が経とうとしています。本当に早い。
その道中で南雲ケンタという一人のシンガーソングライターと出会いました。
今ではMINAMISというバンドでLa.mamaによく出演しており、CFCというレーベル兼プロダクションを一緒にやっております。

 

2013年6月10日に初めてLa.mamaに出演し、
2014年は就活をするのでしばらくライブはできないと言われました。
しかし、なんか気になっていたのでしょう。2週間に1回くらいのペースで電話をして”就活どんな感じ?”という切り口から、最後には”◯月◯日にライブやらない?”という話にすり替わっていました。
本人も音楽をやりたかったんだと思いますが、その頃は私のことが怖くて断れなかったんだと思います。
(強引に誘ってたし)
そして南雲はアコギを担いて説明会や面接会場へ行き、
終わり次第La.mamaに向かいライブ活動を再開しました。笑

2015年5月に今のメンバーが集まりMINAMISを結成。
短いようで濃密な時間を共に過ごしております。

2020年3月27日以降、新型コロナウイルスの影響で営業ができなくなり、年に3日(元旦~1月3日まで)しか休みがなかったスケジュールが一変しました。
今でこそ4分の3ほどまで埋まるようになりましたが、まだまだ予断は許さない状況です。

MINAMISも2020年4月末に新しいアルバムのRECを予定しておりましたが、緊急事態宣言が発令されRECの中止を余儀なくされました。
以前からお世話になっているエンジニアの兼重さんに相談し、兼重さんから”La.mamaで録ってみませんか?”という相談をいただきました。

2020年7月6日にLa.mamaでライブレコーディングをやりました。
お客さんはいないんだけど、自然と熱が入るこの場所(ステージ)で素晴らしいテイクが録れました。
ヘッドホンやイヤホンで聴くと、本当に目の前で演奏しているかのような絵が広がります。

全7曲を録音し、La.mamaのライブ写真を添えた作品をLa.mamaとMINAMISのオフィシャルストアでそれぞれ販売しております。
真空パックされた感情と衝動を是非手に取ってみてください。
https://shibuya-lamama.stores.jp/items/5f30e6a17df28175c0c01ccd

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